卓を美しく飾る敷物

仏前に置かれる前卓(机)を飾る錦や金欄の敷物である。前の方にたらして荘厳のためのお飾
りにするもので、ふだんは用いないが、法事や盆、彼岸といったときに使用する。一般には長方
形だが、真宗では三角形のものを用いる。
「打敷」は釈尊が説法のとき、坐具を敷いたことに始まるといわれる。

仏壇のローソクを消すときに用いる扇のことをいう。
灯明を消すには、直接、息を吹きかけることを避けるようにしている。そのために、わざわざ
うちわ
仏一扇を使って消すのであるが、ふつうは小さな団扇を使うことが多い。
古来、インドでは高貴な人のまえや、大事な宗教儀式のときには、口に紙などを当てて、直接相手に息がかからないようにした。その習慣が伝わったのであろう。
現在でも、インドの伝統的な結婚式では、新郎・新婦は口に紙のマスクをしたり、ずっとハン
カチを当てたりして、相手やバラモン僧に息がかからないようにしている。
しゆほうしやきよう
日本でも、密教の行者が修法を行うときや、写経をするときには紙のマスクをする作法が伝え日本でも司
られている。

 

経机l

経本をのせる小さな机のことで、仏壇の前に置く皇
多くは木製で、黒か赤の漆塗り。形は大小いろいろで、四脚がふつう。小引き出しのついてい
るものも多い。

経机には経典の外に香炉、鈴なども置く。

宗派によっては、カネ、あるいはキンともよぶ。焼香のあと、供物を捧げるときなどに鳴らす
鉢型のものである。
りんだいぱい
鈴には、鈴台と鈴棒がつく。打ち方は、鈴の内側を打ち上げるように軽く当てる。
鈴は、独特のすがすがしい音を出すものだが、その余韻によって邪念を払うために用いるといわれている。
本来はおつとめの始めと読経の区切りに打つもので、むやみに鳴らすものではない。

読経に合わせてポクポクと打つおなじみの仏具である。
最初は、人々を集めるために使った「鳴らしもの」であったが、のちに、読経や称名の調子を
とるために使われるようになった。
当初は魚の形そのままであった。なぜ魚の形にしたのかはよくわからないが、魚は昼も夜も目
とくれい
を開き、立ったままの姿勢でいることから、修行僧もそのように精進努力すべきであると督励す
るためであるという説もある。
みんだい
中国の明代に頭と尾がくっつく円形となり、その後さらに一身二頭の円形竜頭に変わったとい
う。魚が滝を登ると竜になる話からつくられたものであろう。
おうばくしゆう
日本へは十七世紀の中ごろ黄壁宗の渡来とともに伝わり、禅宗・天台宗・浄土宗などで使用さ
れるようになった。
現在、読経に用いる円形のものを木魚といい、本来の魚の形そのままで使われているものは
ぎよばんほう
「魚板」とか「榔」とよばれ、寺院で食事の合図などに用いられている。

仏事に参列したり焼香するときなどに手にかける、珠をつないだ法具で、「念珠」ともいう。
仏教徒が持つものとしてはもっともポピュラーなものだが、釈尊の時代にはなかったもののようである。

 

一説では、紀元二世紀ころ弓インドの掌ハラモンによって使われ始め、それがしだいに仏教にも

取り入れられたのだという。仏の名とか呪文を唱えるときに、その回数を数えるために用いたよ
うである。

中国では晴・唐時代から用いられ、日本には天平八年(七三六)に南インドの僧からはじめて
献上されたという。

珠の数は百八を基本とする。百八種類あるとされる人間の煩悩を表し、これをこすり合わせる
ことによって煩悩を消すともいわれている。現在では、百八のほか、五十四、二十七、十八個が
一般的である。
珠材は木の実、木材、珊瑚などが用いられているが、一般には菩提樹の実と水晶のものがもつ
とも功徳があると考えられている。